トピックス

研究

物事に興味を抱けば想像力と共感力が高まる

日本女子大学 文学部 英文学科
文学部長
佐藤 和哉教授

研究分野

ヨーロッパ文学 ヨーロッパ史・アメリカ史 外国語教育

『ロビンソン・クルーソー』から文化、政治、経済までわかる

私の研究分野は地域文化研究としてのイギリス文化研究です。これは、イギリスという地域の包括性と文化という概念の広がり、その両面を追求する学問です。「学際的」と呼ばれる研究方法の中で、従来の学問がイギリスを扱う時に、文学作品は文学研究が、歴史は歴史学が研究してきたのとは異なり、イギリスという地域を全体として捉えようとする包括的な研究が地域文化研究です。一方、近年、文化に対する見方が大きく変わってきています。これまでは「イギリス文化」というと紅茶や王室、シェイクスピアなどが研究対象でした。しかし、人間の生活や人生を覆っているすべてが文化なので、食や衣服、住居、性行動、ものの言いかたなども、すべて「文化」であり、研究の対象として広がりつつあります。

現在の研究対象は、18世紀イギリスの文筆家ダニエル・デフォーが書いた『ロビンソン・クルーソー』(以下、『ロビンソン』)です。みなさんも子どもの頃に児童図書で読んだり、アニメで見たりしているのではないでしょうか。実は『ロビンソン』は全3巻で、合計1,000ページ近くもある本です。冒険要素があっておもしろく、18世紀に識字率が上がり、ある程度の文字を読める層が増えたこともあって、子どもから大人まで多くの人が読みたがっていたので、出版業者が商売になると見込み、そうした新しい読者層に向けた数多くのダイジェスト版が出版されました。

またダイジェスト版の他に、家族で、または少年たちだけで島に流されたという話に書き換えられた亜流の『ロビンソン』が各国で出版されています。『宝島』(R・スティーヴンソン)や『十五少年漂流記』(J・ヴェルヌ)などは、その影響を受けて書かれた作品で、“無人島もの”というジャンルを確立しました。漂流した場所を無人島から火星にした映画『オデッセイ』や、アニメ『彼方のアストラ』など、映画やコミックにいたるまで、いまでも様々な媒体の物語に多くの影響を与えています。

日本も例外ではありません。江戸時代に翻訳された『ロビンソン』が、本邦初の英文学の翻訳作品と言われています。翻訳は国や地域の思想や時代を反映しています。例えば、戦前戦中に児童文学作家の南洋一郎が翻訳した『ロビンソン』には、「男らしさ」を強調するセリフが多く、また飼い犬が忠犬ハチ公のように描かれ、戦前の日本的な要素が盛り込まれていたりします。そういう意味で『ロビンソン』の受容を研究していくと、原作はイギリスの時代背景をもとに書かれていますが、ポピュラーカルチャーもわかるし、政治や経済に対する考え方もわかってくるのです。

4年間一つ一つ積み上げ、大きな成果に

本学の文学部は日本文学科、英文学科、史学科から成っています。日本文学科では日本語と日本文学を学ぶことができ、言葉の成り立ち、音声の発展、文法を、また、古典から近世、現代までのさまざまな日本文学について、詳細に学ぶことができます。

英文学科には 、伝統的なイギリス文学、アメリカ文学、英語学に加えイギリス文化研究とアメリカ研究などの分野があり、狭い意味での文学作品以外も扱うことができます。シェイクスピア研究のような王道の領域もそうではない領域もあるので、広く興味のある対象を探求することができます。

史学科は日本史、西洋史、東洋史に分かれていて、それぞれの分野に複数の教員がいて魅力的な授業を展開していますが、そのほかに地理学や宗教学、博物館学、文化財学など、広範囲にわたる学びを提供しているのが特徴です。

文学部というと文学作品を読まなければいけないと思われがちですが、けっしてそうではありません。では、何をやるのかと言いますと、知識や技術を習得し積み上げることです。例えば本学の英文学科では、学生全員が必ず英語で卒論を書くことになっています。1年生で文法的に正しい英文を書く練習をし、2年生でパラグラフ単位でアカデミックな英語の書きかたを習得したのち、3年生からはゼミで一人の教員の指導の下で勉強し2年間かけて卒論を書いていきます。最初は難しいように思えますが、一つひとつ 丁寧に積み上げていくことで卒業する頃には大きな成果を得ることができます。これは日本文学科や史学科も同様です。それぞれ、古典文法や変体仮名、あるいは古文書や外国語の史料を読み解くための訓練を積み重ねることが、学科の教育の中核にあります。

私は、みなさんが将来社会生活を送っていく上で大切なのは、想像力と共感力だと考えています。今後さらにグローバル化が進む社会では、広い意味での異文化理解がきわめて重要です。様々な人種や考えかた、行動、性、宗教などを理解する上では、想像力や共感力が必要で、それは文化や歴史の学びを通じてこそ、身につけることができるものです。もう一つ、社会で生きていく上で大事なのは論理力です。「文学研究の根本は、自分がおもしろいと感じたり、感動したりしたことを他者に伝えることにある」という言葉があります。ただの感想と異なる点は、根拠と論理にもとづいた説得力があるかどうかです。科学的根拠に基づき分析し、そこから普遍的なものを導き出して論理立てて説明し、他者に納得してもらう技術が身につくのも文学部ならではと言えます。

正しく意思疎通をするためにコミュニケーション能力を磨く

昨年度は新型コロナウイルス感染症が拡大する中、手探りで授業を行ってきました。この4月からは授業の約半分を対面で行います。オンラインによる講義には、それなりのメリットもありますが、やはり学び合いの場は必要です。お互いを否定せずに受け入れ、触れ合うことで豊かな人間になって欲しいと思います。また、文化を広く捉えるためにも、安全が確認されるようになったら、演劇やコンサートなどその時その場に行かないと感じられない空気を体感したり、美術館や博物館などの展示を観に行ったり、いろいろなものに関心を持ち、触れて欲しいと思います。日本女子大学とパートナーシップを結んでいる美術館や博物館の常設展示であれば、学生証を提示すれば無料で観ることができます。ぜひご利用ください。

文学部の中心を成すのは「言葉」です。現在は言葉を読み書きする機会が増えています。家族や友達との会話もSNSで行うことが多いでしょうし、海外とのやり取りもメールで行うことがほとんどです。対面で会話する時と違い、顔や声の表情がない分きちんとした文章を書かないと、大切な要件や想いが相手に伝わりません。ですから英語だけでなく、日本語ででも、敬語をはじめとして、社会人になって困らない、正しい言葉の使い方ができるようになっていただきたいと思います。またそうした教育にも本学部は力を入れていますので、4年間の学習のなかでコミュニケーション能力を磨けます。

最後にもう一つ、「騙されない」力を身につけられるのも文学部の教育ならではです。ネットニュースには恣意的な偏りがありますし、フェイクニュースもあふれています。騙されないためには、まず人間や社会に興味を持ち、そして、言葉を正確に理解する態度を身につけることです。

プロフィール

佐藤和哉(さとう かずや)教授
文学部長。東京大学教養学部教養学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程およびオクスフォード大学近現代史研究科社会経済史修士課程修了。東京外国語大学外国語学部専任講師を経て、2000年に本学文学部専任講師に就任、2010年より同教授。主な著書(分担執筆)に『集いのかたち—歴史における人間関係』『近代イギリスを読む—文学の語りと歴史の語り』『教室の英文学』などがある。

研究キーワード

イギリス文化研究、イギリス児童文学、民衆文化、読書の歴史、翻案・再話

主な論文

「巨人退治と民衆暴動—民衆向け出版物における「反乱」と「鎮圧」の表象—」
「多読教材としての『ロビンソン・クルーソー』 : Graded Readers のテクスト分析」
「南洋一郎『ロビンソン漂流記』:戦後日本における受容のケース・スタディ」
「深宇宙のクルーソー:『ロビンソン』変形譚として Fredric Brown, “Something Green”(1951)を読む」

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